いつでも、この場所に
日が暮れてゆく。
先程まで戦場であった村に、道に、夕焼けの最後の輝きが映る。
赤く・・・赤く染まってゆく。
人の血の様に。
人を斬り、俺が今まで浴び続けてきた血の様に。
ブルガルの平原は、昔と変わらず美しいままだった。
サカに吹く緩やかな風は、草を歌わせ、舞に酔わせる。
小高い丘を見つけ、それに登る。
そういえばここからは領主館が良く見えた―――――
―――ほら、今日も館にえらそうな人が来てるぜ。
兄弟や友達に誘われて、よく館を見物したこともあった。
―――あいつら、きっとたくさん金もってるんだろうなぁ。僕も金がほしいなぁ。
そう思わないか?
『僕はそう思わない・・・』
―――どうしてだよ。広い家に住めるし、欲しい物だって何だって手に入るぜ?
友の問いかけに何と答えたか、今でも覚えている。
『父さんに母さん、兄さんたちに弟たち・・・友達だっている。
僕は何にもいらないよ』
だが、今はそれもない―――全て、奪われたのだから。
剣を抜き、地面に突き立てる。
ブルガルを出てからずっと持っていた剣。
跪き、柄に両手を乗せ、祈りを捧げる。
母に。父に。兄弟に。友人に。――――故郷に。
どれくらい、そうしていただろうか。
「こんな所にいましたのね。・・・捜しましたのよ!」
聞きなれた女の声。
顔を上げ左上方を見ると、いつものように強気な表情の少女がいた。
「・・・・・・何か・・・用か。・・・クラリーネ」
「なっ・・・!『何か用か』はないでしょう!?
せっかくこの私が捜しに来て差し上げたというのに・・・」
そこまで言って彼女は、地に突き立てられた剣に気が付いた。
「・・・剣など地面に刺して・・・ ・・・何してらしたの?」
彼女は不思議そうに剣を見、隣に座る。
風がざあっと吹き、夕焼けに輝く金髪を揺らす。
「・・・故郷に・・・祈っていた」
「・・・故郷?」
「・・・そうだ・・・ここは・・・ ・・・・・・俺の故郷だ」
彼女は、いささか驚いたようだ。
「・・・でも・・・あなたはサカ人には見えない・・・」
じっと、顔を覗き込んでくる。
「・・・祖父と祖母の中にサカの血が入った人がいた・・・
・・・ベルンとの国境のブルガルではよくあることだ・・・
・・・・・・普通、肌の色といったサカ人の特徴は遺伝しやすいが・・・・・・
・・・俺だけは兄弟の中で違った」
「―――・・・じゃあ・・・・・・」
彼女は、ようやく言いたいことが分かってきたようだ。
「・・・ベルンによるブルガル侵攻の際、家族も友人も部族の者も・・・
・・・皆・・・殺された・・・
サカ人の容姿を持たない俺にも、分け隔てなく優しい人達だったのに・・・
・・・あんな、無残に―――――・・・!」
「・・・・・・」
「奴らは、俺だけには止めを刺さなかった・・・
俺は、サカ人には見えなかったからだ・・・・・・」
決して忘れることのない、鮮烈な光景。
動くことも出来ない全身の痛みの中で見た、大切な人たちの無残な姿――――
・・・彼女がすすり泣く声で、我に返った。
「・・・何故・・・泣く・・・」
「・・・耐えられない・・・私だったら・・・耐えられない・・・
何もかも奪われたら・・・・・・私は、あなたみたいに強く生きることはできない・・・」
「俺は・・・強く生きてなどいない。復讐の為だけに・・・生き延び、戦い・・・ここに来た。
・・・それだけのことだ」
彼女はようやく顔を上げた。柴の透明な瞳からは、まだ涙が零れていた。
「・・・血に染まった俺に、還る場所などない。
復讐の為だけに、剣を手にし、殺し続けた俺には―――」
「あるじゃない!」
彼女が言葉を遮った。
「あなたの還る場所は、ちゃんとここにあるじゃない!
あなたの家族や友達、部族の皆・・・あなたに優しくしてくれたのでしょう・・・?」
「・・・・・・・・・」
「あなたが皆を慕ったように、皆もあなたを好きだったんでしょう・・・?」
柴の瞳が、俺を捕らえる。
「・・・何故・・・おまえに・・・そんなことが・・・ ・・・・・・言えるのだ」
また泣かれるのが嫌だったからかどうかは分からないが。
それだけ言うのがやっとだった。
「・・・俺は・・・復讐の為だけに生きてきた人間なんだ」
「じゃあ・・・誰が、あなたをこんな優しい人にしたの?
こんなに故郷を愛して・・・復讐のためだけに生きるほどに愛して、
祈りを・・・捧げる・・・
・・・とても・・・優しい・・・」
「・・・ ・・・・・・?」
優しいなどという言葉を、かけられたことがあっただろうか。
何かを愛したことなど―――――――― あっただろうか。
幸せだった頃には、もう戻れないというのに。
「あなたが生きているんだから、それだけで皆は嬉しいに決まってるじゃない・・・」
――――おかえり。
・・・懐かしい、声が・・・聞こえたような気がした。
懐かしい・・・・・・優しい、声が。
何かが頬を伝って落ちた。
俺は・・・・・・泣いているのだろうか。
全てを失った時も、涙一つ流さなかったというのに。
"サカの大地は、一度愛した者は裏切らん"
前に、ダヤンが言っていた。
―――みんなは待っていてくれたのだ――――
「そうでしょう?・・・ルトガー」
泣きながら微笑って、クラリーネは俺の名前を呼んだ。
昔、皆が呼んだように、優しい声で。
目の前で俺のために泣いて、微笑ってくれる少女が不意に愛おしく感じられて、
・・・彼女を、抱きしめていた。