もうすぐ、新しい年が来る。
みんな、何が変わることもないはずなのに、どこかでどきどきしていたりして。
その感覚を僕が理解できることはないのかもしれない。そう思っていたけれど。
「セネリオ」
笑顔で彼女が走ってくる。はぁ、と吐いた息が、目の前で白くなってほんの一瞬、彼女の姿を濁らせた。
「走ってくるほどのことでもないでしょう? 転んだらどうするんですか?」
「だって、もうあんまり時間ないじゃない? それに走るくらいで転んだりなんてしませ……きゃあ!」
自分の言葉を否定しながら、その行動は肯定している。その矛盾した姿には、ある意味尊敬としか言いようがない。セネリオは呆れながらもミストの体をそっと支えた。
「走るくらいで転ばないのは、誰でしょうね?」
「……うう、ちょっと躓いちゃっただけじゃない」
支えていた体を起こしながら、苦笑交じりに、そうですね、と呟く。その投げやりな返事を聞いて、膨れるその仕草が何か愛しく感じた。
「ほら、時間がないのでしょう? 早く行きましょう」
「あ、そうだったね。急ごう」
暗がりの中、団の砦を出て、近くの丘へと向かう。
「もうみんな、待ってるかな」
「当たり前でしょう。ミストが最後だったんですから」
丘の頂上付近に近づく頃には、団のみんなの姿もはっきり見えるようになってくる。全員いるのを確認するように彼らに向かってそっと手を振ってから、ミストが小さく呟いた。
「待っててくれて、ありがとう」
へへ、と笑って、セネリオの服の裾をそっと掴む、その仕草も何か幸せの象徴のような気がして嬉しかった。
「遅かったじゃないか、二人とも」
待っている団メンバーの真ん中で、アイクがポツリと呟いた。
「ミストの準備が中々終わらなかったんですよ」
「別に準備することなんて何もないじゃないか」
「失礼ねー。お兄ちゃんと違って、女の子には色々あるんだから」
「二人ともそこまでよ。そろそろ始まるわ」
二人の小さな言い合いは、ティアマトの言葉で遮られる。その言葉を受けて、そこにいた全員が、王都の方へと目を向けた。
遠すぎて、届かないカウントダウン。
だけど、年が変わった時の合図は、さすがにこんな場所からでも見えるものだ。
パーン、という音が微かに響いて、それから空一面に大きな花が開いた。
それは新しい年が始まった合図。
「すごっ! きれい……」
色とりどりの花火がいくつも開いては消えていく。
それは、まるでこの国が平和になった証のようで。
去年は、こんな風に新しい年を迎えることが出来るなんて、この国の誰もが予想すらしていなかった。
大きな花火の音は、この国の、そしてこの大陸の平和を願うエリンシア姫の想い。
『新しい年をご一緒にお祝いできないのは残念ですが、それではせめて、この想いを共有していただけるように王都からグレイル傭兵団の皆様に――そして、国民の皆様に合図を送りますね』
その想いがこんなに美しいものだとは誰が予想したことだろう。
「……『国民の税金の無駄遣いですね』とか言わねぇんだな。今日は」
「これが魔法によるものでないなら、研究の余地はあるでしょうね」
「もう、何言ってるのよ、二人とも」
言い合うボーレとセネリオの間に割って入って、ミストはそれを止めようとした。彼女の登場に、二人も渋々言葉を噤む。
年が明けても、花火を見ても、何も変わらない。
アイクもミストもティアマトもボーレもセネリオも、みんなみんな何一つ変わらない。
「昔は、変わらないことが怖かったのにな……」
「え? 何か言った、セネリオ?」
「いえ、何でもありません」
小さな呟きだから、きれいな花火を集中してみているほかの人物の耳には届かなかったことだろう。
そう、昔は怖かった。変わらない自分が。そして変わっていくみんなが。
今はまだ、その差はなくとも、年を取るスピードの違う自分とミストたちにはやがて明確な差が生じるだろう。
だから、変わらないことが怖かった。新しい年を迎えるのも怖かった。
だけど、今は違う。
たとえ見た目がこれから変わっていっても変わらなくても、心が育っていっても変わらなくても、今ある時間は変わらない。そして、側にみんながいることも変わらない。
そう信じて、自分を保っていけるのもミストがいるからだ。どんな自分でも大切に想ってくれるミストがいるから。
くいっとセネリオの服の裾が引っ張られた。みんなには見えないように、そっと裾を掴んだままミストはこう告げた。
「今年もずっと一緒にいようね」
「ミスト……」
「みんなで、楽しく、ね?」
その言葉は本当にみんなに向けられたものなのか、それともその手の中にある人に告げたものなのか、それを知るのは当人だけだけれども。
「当たり前だろ、ミスト。みんな、大事な家族なんだからな」
何も知らないアイクが、にっこりとそう返事を返した。そうだね、と相変わらず裾を掴んだまま笑うミストの遥か遠くで、大きな花火が明るく空を染め続けていた。
《END.》
はちさんから頂いた(半ば強奪/笑)セネミス小説です。
私の拙いセネリオ年賀に対し、こんな素敵なお話を頂けるなんて…v幸せです!
このお話ではボーレ→ミスト失恋前提と言うことだそうですが、さりげないふたりの絡みも大好きです。
でも何より…ミストの前では自分に素直になってしまうセネリオが可愛くて…v
はちさん、ほんとうにありがとうございました!
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