それは、優しい恋の始まり
――戦いが終わり、復興への道を歩み始める王国。
仲間達もそれぞれあるべき所に戻る。
だが…大切な友人であったリオンはもういない。
傷付き、疲れきった心は重く、切なさばかりが胸に積もってゆく…
「大丈夫か?エイリーク」
執務室から書類の束を持って出て来たエフラムが、心配そうに妹の顔を覗き込む。
エイリークは、慌てて笑顔を作ろうとする。
「あ、兄上…」
「ルネスに戻って来てから、全然休んでないだろう、お前。
復興を急ぎたいのは分かるが、それではお前が倒れてしまうぞ?」
先の戦いで、兄妹が失ったものはあまりに多かった。父、城の平和、親友。
そして、背負うものも多かった。復興に、周囲の期待、友の願い…
エイリークは、疲れた心を殺すために、それらを無理に担おうとしているように、エフラムには、
見えた。
特に…リオンの死は重かった。エフラムにとっても辛い出来事であったが、優しい性格の妹はそ
れをもっと重く受け止め、自らを苛んでいるのではないか。
「…兄上」
「なんだ?」
エフラムは、出来るだけ優しい表情を作って妹を見た。スカートの裾を握りしめた手に微かに力
を込めて、エイリークは兄を見上げた。
「兄上… …ポカラの里に、出かけてもいいですか。…ほんの少しだけ…」
エフラムの表情が微妙に変わった。
「ポカラ…?…お前」
「きっと、元気を取り戻して、帰ってきます… …兄上、どうか…」
見上げてくる妹の必死さに、エフラムは折れた。
「…分かった。気をつけて、行ってこい」
里に着くまでの道のりは、短くはなかった。
傾斜が急になり、エイリークは音を上げる馬を引っ張りながら山道を登っていた。
「はぁ…前に来た時は、こんなに辛かったかしら…」
高地特有の空気の薄さも手伝って、疲れで息が上がり始めたエイリークがふと呟いた時、目の前
に手が差しのべられた。
「大丈夫か?つかまるといい」
そういえば、以前にもこうして手を差しのべてもらったことがあった…と思いながら彼女が顔を
上げると、里の賢者−サレフの姿があった。
「…サレフ殿…」
「久しぶりだな…エイリーク殿。
よく来てくれた…里は、もうそこだ。疲れただろう…」
何となく気恥ずかしくてエイリークが目を反らすと、サレフは彼女の手から馬の手綱を取り、代
わりに引っ張って山道を登り出した。
エイリークは視線を戻し、慌ててその後を追う。
「あ、あのっ…サレフ殿…!」
「…何か?」
振り返ったサレフに見つめられ、困った表情になりつつも、エイリークは言った。
「わ、私… …元気を出しに来たんです…」
サレフは黙って彼女を見ていた。エイリークは、足元に視線を落とす。
「どうしたらいいのか分からなくて…父も、リオンも、失ってしまって…
私…私が今、頑張らなくちゃいけないのに…
心が…重くて…寂しくて… …だから…」
「……」
サレフはエイリークを見、少し何かを考え、言った。
「…あなたを、連れて行きたい場所がある。…行こう」
やがて、視界が急に明るくなった。
「…サレフ殿、ここは…?」
聞かれ、サレフは振り返り、斜面から下を見遣った。そこだけは眼下の展望を邪魔していた岩や
木がなく、遠くの山脈、麓の村々、湖などが見渡せた。
「…昔、私が大婆に連れてこられた場所だ…
両親を亡くし、ふさぎ込んでいた時… この景色を眺め、ゆっくり心を癒せ、と…」
「…あ」
エイリークもならって、景色を眺めた。
――あまりにも壮大で、何もかも忘れさせてくれそうな眺め。
サレフは、ここで心を癒せと、そう言っているのだろうか…?
「好きなだけこの自然に浸り、心を休めた方がいい。
今のあなたには…休息が必要だと…私は思う。」
「サレフ殿…」
サレフは手綱をつかんだまま、その場に腰を下ろし、遠くを見遣った。
戸惑いつつも、エイリークも彼の横に座り、壮大な景色を眺める。
――美しく、雄大な自然だった。何もかも包み込めるような。
その大きさは、ゆっくりと心を洗い流してゆく。
サレフは、何も言わず、ただ近くに居てくれる…
今この自然を動かす、優しい風のように。
「……」
不意に、エイリークの目から涙がこぼれた。
悲しいことは沢山ある。失ったものも沢山ある。
沢山、心に受け入れて、乗り越えなくちゃいけないけれど…ひとつずつ、ゆっくりでいいのだ。
――サレフは、そのことを教えてくれたのだろうか?
今は、分からない。けれど、黙って傍に居てくれる、風のような、そんな彼の優しさがどうしよ
うもなく嬉しくて…
「… …っ… うっ…」
久しぶりに、エイリークは声をあげて泣いた。
「ありがとう…サレフ殿」
夕焼けを背に、エイリークはまだ少し赤い目を細めて笑った。
「礼を言われるようなことはしていない…」
そう言いつつ、サレフは微かに笑い、白馬の手綱を渡した。
「あなたが、元気になってくれれば幸いだ。
また辛くなったら…いつでも来るがいい」
「…はい」
手綱を受け取り、馬の首を撫で、エイリークはうなずいた。
「…では、また…」
踵を返し、歩き出したが、ふと名残惜しくなって、里の出口で振り返る。
まだエイリークの視線の先にはサレフが立っていて――思い過ごしだろうか?――名残を惜しん
でいるように見えた。
その姿がなんとも親しく感じられて…エイリークは、小さく手を振った。遠くに見える相手は、
少し対応に困っていたようだが、同じように小さく手を振り返した。
「…サレフ殿」
もう一度、エイリークは彼の名前をつぶやいた。
…心がほんのり暖かいのは、気のせいではないと、そう思いながら。
〈To be continued…?〉
☆ 04年11月のイベントにて無料配布した「サレエイプッシュ!」に収録されていた小説です。
こっそりサレエイ布教も兼ねていた話だったり・・・(笑)
「マイナーカップルだけど悪くないなぁ」とでも思って頂ければ幸いです(^^*)
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