幸せな日



「あたし、鳥、飼いたいな」
いつものようにルネス城に向かう道で、アメリアはふと呟いた。
「鳥?」
並んで歩いていたフランツは、アメリアを見、聞き返す。彼女はフランツと目が合うと、にっこ りと笑って頷いた。
「うん。鳥ってとっても可愛いんだよ!
 綺麗な声で鳴くしね、手とか肩にも乗るんだよ。」
「でも、なんでまたいきなり…」
アメリアは、目を輝かせながら左前方の店を指差した。まだ早朝なので開いている筈などないの だが、店の隣には小さな籠が所狭しと積み上げられていた。そして、それぞれの籠の中には一羽 ずつ、小さな鳥がいた。静かなところを見ると、まだ眠っているのだろうか。
毎朝眠気を堪えるのに必死で、こんな店があるなんて今まで気付かなかったな…フランツは頭を 掻いて笑った。
「ね、ね、今日の帰りに見て行こうよ!フランツもきっと、気に入るよ。」
フランツの顔に笑みが広がったのを見ると、アメリアはぱんっと手を合わせて提案した。
…この人懐っこいとこが可愛いんだよね。
フランツはアメリアの肩を引き寄せ、その耳元に声を遣った。
「…わかったよ。だけど、仕事の間は集中すること!」
「ふ…フランツ…わ、分かってるってば!」


休憩の時間になりフランツがルネス城の中庭へ足を運ぶと、騎士や兵士、下働きの者達もくつろ ぎに集まってきた。普段は訓練や模擬戦闘が勤務時間のほとんどに当てられていたが、先の戦争 により大幅に人員が減ってしまったため、将軍や騎士も事務や雑用に時間を割くようになった。 国王エフラムを直に補佐する立場のゼトはともかくとして、戦うことが第一である自分達にとっ ては慣れない日々である。しかしフランツは、この中庭で兄フォルデやその友カイル、そしてア メリアと他愛のない話をする時間が好きだった。
芝生の上に足を投げだし、空を見上げて深く息を吸う。今更ながら、戦争は終わったんだとぼん やり思う…
「よっ!お疲れ、フランツ!」
「ほら、飴いるか?さっき侍女が余ったのをくれたんだ」
「お疲れ様〜!」
三つの声色が、フランツの頭上に降り注いだ。
フランツが上を向いたまま振り返ると、いつもの三人が笑顔で立っていた。投げてよこされた飴 包みをキャッチし、笑い返すと、彼らは歩み寄り、フランツの周りに腰を下ろした。
「皆もお疲れ様。…そうだアメリア、ちゃんと集中したよね?」
「もっ、もう、フランツってば!」
フランツがからかうと、アメリアは半分笑いながら、彼に顔を寄せて咎めた。フォルデとカイル は二人を見て、まるで意味が分からないという風に顔を見合わせて苦笑した。
「おいおいお二人さん、休憩中とはいえ勤務中にいちゃつくのは目の毒だぜ」
フォルデがフランツとアメリアの肩をぽんと叩いて冷やかすと、二人は瞬時に顔を赤くして反論 した。
「に、兄さん!僕らは別にそんなつもりじゃ!」
「そうですよ!」
あまりに分かりやすい反応に思わず笑みを浮かべたカイルも、三人の中に割って入った。
「まあまあ…こいつは最近彼女と会ってないから寂しいだけなんだよ。そうだろう?フォルデ。」
敢えて名前は出さなかったが、カイルが誰のことを言っているかは明らかだった。フランツはわ ざとらしく空を見上げ、大袈裟に言った。
「フレリアは遠いもんな!」
「フランツ!…カイル、お前も!ってかお前の彼女もフレリアだろうが!」
フォルデは苦し紛れにカイルに話を振った。カイルは少し反応に悩んでいたが、ふとフォルデを 横目で見返した。
「…まさか、俺と義理の兄弟になるのか?お前が?」
「は?」
フォルデは何のことだか分からなかったようだが、一瞬ぴくりとすると、信じられないといった 目で隣の親友を見た。
「げ、マジ…!?よりによってお前が義兄!?ひゃ〜生きた心地しねえ〜」
「それは俺が言いたい!お前のようなだらしないのが義弟になるなど…」
「よう、なんか楽しそうだな」
親友二人のやりとりを口をぱくぱくさせながら見ていたフランツとアメリアだったが、背後から 声をかけられ我に返った。
「エフラム様!」
主君の名が呼ばれ、フォルデとカイルも慌てて我に返る。国王となった今も毎日の鍛練に精を出 しているようだ、エフラムは手にした布で汗を拭い、彼らの隣に腰を下ろした。
「ずいぶん楽しそうじゃないか、何の話をしてたんだ?」
「い、いえ、ハハハ…」
ルネスは未だ復興のさなかだ。結婚のために、自分達がルネスを出るやも知れぬという話は出来 ない。フォルデはとっさに笑ってごまかした。
「なんだよ、水臭いな」
「い、いやその…」
「あ、えっと、動物飼いたいねって言ってたんです!」
問い詰められ窮地に陥っていたフォルデとカイルに、アメリアが助け舟を出した。
「動物…?」
エフラムは視線をアメリアに移した。内心ほっとしたフォルデとカイルが笑って舌を出し見た先 で、アメリアは楽しそうに続けた。
「動物って、心を和ませてくれるんですよ!疲れてる時も、見てるだけで元気になれるし…」
フランツは内心ヒヤヒヤだった。いくらアメリアが天然気味の明るい性格だからって、話題転換 が強引過ぎる。エフラムが余計怪しむことになるのではないか… しかし、エフラムはさして気 にするわけでもなく、アメリアの話題に乗った。
「そうだな…動物は、確かに心を慰めてくれる。常に動いているから見飽きないし。飼うのも悪 くないかな」
そう言ってエフラムは、ターナは何の動物が好きかな…と考え出した。フランツとフォルデとカ イルは彼に見られないように、アメリアの肩を叩いて笑い合った。


「ここだったよね、朝見た鳥屋さん!」
夕日に照らされて長く伸びた四つの影のうち、一番小さい影が楽しそうにスキップした。
「アメリア…あんまりはしゃぐとまた転ぶよ…」
そう言うフランツの顔にも笑み。アメリアは一層の笑顔を浮かべ、道端に積まれた鳥籠を一つず つ覗き込んだ。
「わぁ〜…、かぁ〜わいい!」
「…本当だ…どの子も元気そうだね」
つられて、フォルデとカイルも鳥籠を覗き込んだ。
「ほぉ…小鳥も悪くないな」
「ははは、シレーネへのプレゼントか?」
フォルデがからかうと、図星らしく、カイルは赤くなって親友の頭を小突いた。
「どうせお前だって、ヴァネッサが喜ぶかな〜とか考えていたのだろう!」
「なんだ、良く分かってんじゃんかよ!」
いつのまにか口喧嘩ともじゃれ合いともつかないやりとりを始めた二人を、呆れつつフランツは 制止した。
「もう…二人とも、子供の喧嘩みたいじゃないですか…止めて下さいよ」
「わ、悪ぃ」
「…すまない…」
咎められ、フォルデとカイルはきまり悪そうに笑った。それを見て、やはりアメリアも笑った。
三人の笑顔を交互に見ているうちに、唯一の収拾役であるフランツにも、顔いっぱいに笑顔が広がった。


こうして、平凡だが幸せな一日は終わり…また、始まる。


   [END.]







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