オスティアの夏祭り
一発、また一発と打ち上げられる花火。
赤や青、黄といった鮮やかな光が、夜空を彩る。
「綺麗ね。オスティアでは毎年お祭りの時に花火を上げるの?」
紺色の地に花柄の色抜きが施された浴衣に身を包んだリンが、バルコニーから空を見上げた。
「ああ。毎年これを見るために、リキア中から人が集まるそうだ。
なんでも、オスティアには腕のいい花火師がいるらしい。」
リンの隣で、薄青の浴衣を着たヘクトルが城下を見下ろした。
「しっかし、城下町もすごい賑わってるなー。・・・はぁ、いいなぁー、俺も行きてー」
「いつどんな場所で命を狙われるか分からないから、祭りの時の城下に出ては駄目だ!
ってオズインからきつく言われてたのはどこの誰かしら?」
リンは扇子でパタパタと扇ぎながらヘクトルを見た。
「あーはいはい。悪うござんしたねぇ」
「分かればいいのよ」
くす、と笑った後、リンも城下町を見下ろした。
「でも、本当に楽しそう。マシュー達は今頃何してるかしら?」
「やっだー、エルクったら可愛いー!似合うじゃない!」
店の奥の部屋から、紫地にとんぼ柄の浴衣に身を包んだエルクが出て来るのを見るや否や、
紺地にピンクの花柄の浴衣を着たセーラは叫んだ。
その声を聞いた周囲の人々もエルクを見、「あら可愛い男の子」などと言って通り過ぎた。
「セーラ、声大きすぎ。・・・しかも可愛いなんて言われても嬉しくない」
「やだ、エルクったら!本当は嬉しいくせに!私、知ってるんだから!」
セーラは嬉しそうに笑い、エルクの腕に飛びついた。
「・・・何を知っていると言うんだ」
エルクは不機嫌そうにセーラを見た。
「ね、エルク!こうやって腕組んでるとお似合いのカップルって感じじゃない?私達!」
「・・・・・・セーラ、僕の話聞いてる?」
一方、マシューとオズインは屋台の横のベンチでかき氷を食べていた。
マシューは白地に唐草模様の、オズインは濃緑の浴衣を着ている。
この格好からは到底、オスティア侯に仕える密偵と重騎士だとは想像もつかないだろう。
「・・・で、オズイン様。若様とリンディス様に何買って行きます?」
メロン味のかき氷をスプーンですくい口に運びながら、マシューは訊いた。
「そうだな・・・お2人は祭の城下にはお出かけになることが出来ないからな・・・
美味しいものを沢山買いたいのはやまやまだが・・・」
オズインは宇治金時のかき氷をスプーンですくいながら考えた。
「後でセーラ達とも合流することだし、その後考えるか・・・」
どさくさに紛れて宇治金時を一口すくって食べたマシューは、オズインの言葉に頷いた。
「そうっすね、んじゃそうしましょう。
・・・しっかし、エルクとセーラ。・・・仲いいですよね、本当に。
いくらパント様のご提案だからって、
わざわざエトルリアからオスティアの夏祭りまで遊びに来るもんですかね?
エルクも満更じゃあないみたいですね。」
道の両側には露天商、出店、屋台がずらりと並んでいて、ただでさえ多い人通りを渋滞させる。
夜空に、沢山の提灯が映える。
芸術文化が栄えるエトルリアにも祭はあるが、どちらかというと上品なもので、
庶民的なオスティアの祭とは違うな・・・エルクは、珍しそうにあちこちを見ていた。
「へぇ・・・ ・・・楽しいものだね、こういう雰囲気も。」
珍しく自分から意見を言ったエルクに、セーラは目を丸くした。
「あんたが感想言うなんて滅多に無いことよね!エルク。」
「別にいいじゃないか、そう思ったんだから。」
「・・・じゃあ、ずっとオスティアにいればいいじゃない」
「・・・なんでそうなるのさ」
エルクは、怪訝な目でセーラを見た。セーラは、はっとしてエルクから目を反らした。
「べっ、別に!・・・一緒に居たいとか、そういうわけじゃ、ない・・・わよ!」
「・・・ ・・・ ・・・。」
エルクはしばらく黙っていたが、ぽそりと言った。
「・・・ ・・・君こそ、エトルリアに来ればいいじゃないか。」
「・・・・・・え?」
セーラはぽかんと口を開けた。
自分の言った言葉が理解されていないと悟ったエルクは、浴衣の袖の中を探した。
・・・オスティアを訪れる前に、エトルリアで持ち金はたいて買った指輪。
どうやら、これを渡してきちんと言わないと、彼女は理解できなそうだ。
「セーラ、僕は・・・」
言いかけてセーラを見た瞬間、エルクは言葉を飲んだ。
目の前のセーラが貴族風の男に腕をつかまれ、首に剣を突きつけられていたのだ。
周囲から悲鳴が上がり、人々は凍りついた。
エルクは男を睨んだ。
「貴様、彼女に何をする」
セーラが、怯えた表情――先の戦いでもエルクが見たことなかったほど――をしていた。
「エルク・・・」
・・・馬鹿。ライトニング1冊ぐらい携帯しておけよ・・・
エルクは心の中でセーラに向かって言ったが、伝わるはずもなかった。
かといって、エルクが魔法を使うわけにもいかない。
携帯しているサンダーの魔道書を開いた時点で、セーラの首は飛ばされてしまうだろう。
エルクは唇をかんだ。何も出来ない自分が、歯痒かった。
・・・そのときようやく、黙っていた男が周りを見回し、叫んだ。
「・・・次期侯爵の婚約者という女が気にくわない。
リンディスとかいうんだろう!?城へ駆け込んで、連れてこいよ!!」
「・・・なんか、城下町が妙に騒がしくない?」
バルコニーから見下ろすのも疲れたらしく、リンは手すりにもたれた。
ヘクトルはやれやれ、と苦笑しつつリンを扇子で扇いでやった。
「毎年のことだ。羽目外してるんだろ、皆」
その時、マシューが駆け込んできた。
「若様!リンディス様!大変です」
退屈から逃れられそうだと思ったのか、リンは部屋の中に入りマシューに訊いた。
「どうしたの?マシュー。そんなに急いで」
「・・・不届き者が現れました」
ヘクトルはため息をついた。
「またか。捕まえて牢にブチ込んどけよ」
「いやそんな簡単な奴じゃないんです!人質とってるんですよ、人質!
・・・しかも、信じたくないことに人質ってのがセーラなんです!!」
これには、さすがのヘクトルも驚き、リンと同時に声を発した。
「「はぁ!?」」
マシューは続けた。
「エルクは魔道書持ってるらしいんですが、犯人と向き合っているため行使できず・・・
セーラ本人は魔道書を持ってないみたいで・・・」
ヘクトルは毒づいた。
「あの馬鹿。常に護身用に持っておけと言ったろうが・・・」
「・・・で、さらにここからが大変なんです。
奴は、リンディス様を連れてこいと言っているんです」
リンは目を丸くした。
「私を・・・何故?」
「・・・奴は、貴女が気にくわないと言ったんです」
瞬間、リンの中で何かが弾けた。
「・・・私が・・・サカ人の血を引くから・・・なのね?」
「いえ、ただ『気にくわない』と。」
「・・・おい、リン!落ち着けよ」
ヘクトルは慌ててリンの肩をつかもうとしたが、リンはそれをすり抜けて寝台の横にしゃがみこむと、
寝台の下に入れていたリヤンフレチェを取り出した。
これには、マシューも驚いた。
「り、リンディス様、そんなところに弓を・・・!?」
リンはリヤンフレチェを左腕に抱え、矢筒を肩に掛けると、マシューの腕をつかみ部屋から出た。
ヘクトルも慌ててそれを追った。
「マシュー、現場の裏手に出る道を案内して。ギャフンと言わせてやるわ」
「・・・分かりました」
マシューは頭の中で地図を描くと、階段を一気に下りオスティア城を出、
城下町を駆け抜けた。ヘクトルとリンも、彼に続いた。
やがて、人ごみが見えてきた。
3人は気付かれないよう一旦物陰に隠れて、様子を窺った。
マシューの推測通り現場の裏手に出たらしく、一番こちら側にいるマントの男が犯人らしい。
セーラのツインテールと、彼らを凝視しているエルクが目に入った。
間違いない。3人は思わず浴衣の袖をまくった。
リンは立ち上がると素早くリヤンフレチェを構え、矢を射った。
矢は正確に男の背に突き立てられ、男は持っている剣を落とし、倒れた。
人々が歓声を上げると同時に、3人はそちらに駆け寄った。
「エルク!!」
解放されたセーラはエルクに飛びつき、彼の胸に顔をうずめた。よほど怖かったのだろう。
リンはそんな2人に声をかけた。
「セーラ、エルク、遅くなってごめんね。もう大丈夫よ」
エルクははっとした。
「リンディス様!それより・・・」
「・・・ええ、マシューが知らせてくれたわ」
リンが振り返ると、ヘクトルがしゃがみ込んで男の胸倉を掴んだところだった。
リンは歩み寄ると、男を見下ろした。
「・・・私がサカ人の血を引くことが、気にくわないのね?」
男は歪んだ笑みを浮かべた。
「・・・半分遊牧民の分際で。・・・どうせ、体でもってヘクトル様に取り入ったんだろう?」
「!!」
リンの表情が凍りついた。
・・・やっぱりそう思われていたのね。サカ人は、遊牧民は・・・って。
いつかは、こういう壁にぶち当たると思っていたけど・・・
リンは、男の心無い言葉に憤る前に、打ちのめされた。
やはり、ヘクトルとの結婚など望んではいけなかったのだ。
リンがそう思った時、体の底から出たような低い声が聞こえてきた。
「・・・貴様、リンを何だと思ってやがる」
リンは驚いてヘクトルを見た。
・・・ヘクトルは相当"キて"いたらしく、思いっきり目が据わっていた。
「何・・・!?」
予想外の反応に男は驚いたらしいが、ヘクトルの圧倒的なオーラに押されて目を反らした。
「リンがサカ人の血を引くことの、どこが悪い。・・・俺は先の戦いで、サカ人の仲間とも一緒に戦った。
奴らは、戦いの中でも、自然と共存し、精霊を敬い、風を感ずる。
故郷とその血に誇りを持ち、志を同じくするものには助力を惜しまぬ。・・・俺は、尊敬した。」
「・・・・・・・・・。」
「俺はこの女に惚れて、ともにあって欲しいと望んだ。
・・・体でもって取り入るなんざ、貴様ら性根の腐った貴族にしか考えつかねーだろうよ」
そう言うとヘクトルは男を掴んだまま立ち上がった。
「貴様らのように、血統だのなんだの言って好きでもない女と結婚する気など毛頭ねーんだよ!!」
叫んだ瞬間、男の顔面にヘクトルの左ストレートが決まり、男は再び地面に倒れた。
「う・・・ぐっ・・・」
ヘクトルは足先で男を転がすと、背中に刺さった矢を抜いてやった。
「オズイン!」
呼ばれて、部下を連れたオズインがマシューの後ろから現れた。
「この馬鹿野郎を連行しろ。牢にでもブチ込んでおけ」
「・・・分かりました。おい、行くぞ!」
三度立たされた男は、兵士たちに囲まれながら遠くなっていった。
しばらくその様子を見ていたマシューも、男達の姿が見えなくなると笑顔に戻った。
「・・・いやあ、強いですね!お2人とも」
「特に、ヘクトル様の左ストレートなんてね」
セーラが舌を出して笑った。
「・・・おいセーラ、もとはと言うとおまえが護身用に魔道書を持っていれば」
「あーはいはいはいはい!分かってます!ごめんなさい!」
「本当にわかってんのかよ!お前!」
セーラを怒鳴りつけながらも笑っていたヘクトルは、言葉を失っていたリンに向き直った。
「・・・なんだ、その・・・そういうわけだから、安心しろ、リン。な?」
「・・・・・・ぁ・・・。」
ヘクトルの声を聞いた瞬間、リンの表情が歪んだ。慌てて、口元を押さえた。
「・・・・・・やだ・・・泣きそ・・・」
ヘクトルは何も言わず、リンの頭を撫でてやった。
「・・・本当はね・・・心配・・・だったの。
ヘクトルも・・・サカ人は、遊牧民は、って目で・・・私を見てるんじゃないかって・・・
・・・でも・・・ ・・・・・・認めてくれて・・・嬉しかった・・・ ・・・・・・。」
「惚れ直しただろ?」
リンはまっすぐヘクトルを見、泣きながら笑った。
「・・・・・・ばかね、ほんとに・・・」
「はい、たこ焼きですよ!ヘクトル様だから特別に3個おまけしときましたよ!」
「おいおいじーさん、そんなことしてると商売あがったりじゃねーのか?」
マシューやら人々に囲まれながらではあったが、
ヘクトルもリンも初めて、オスティアの祭を直に楽しんでいた。
「・・・オスティアって、いいところね。」
リンが笑みを浮かべると、周囲の人々も笑顔になった。
「そうでしょう?だからリンディス様、これからもヘクトル様を支えてあげて下さいね。
私たちも、貴女のような侯爵夫人様のためだったら、喜んで働きますとも!」
「・・・皆・・・」
「立派で頼れる侯爵様に、美人で心の優しいお妃様。オスティア万歳だなぁ!
さあさあ、寄った寄った!かき氷も大サービスだ!」
人々はどっと笑い、かき氷の屋台に殺到した。
焼きとうもろこしの屋台に向かおうとするセーラを、エルクが呼び止めた。
「君はいつどこに行って何をしでかすか分からないから、先に渡しておくよ」
そう言って、エルクは小箱を取り出した。
「?何?何かくれるの?」
目を輝かせるセーラにため息をつきながらも、エルクは箱を開け指輪をとり出した。
淡いピンク色の、ムーンストーンの指輪だった。
セーラは驚いて、言葉を失った。
「セーラ、左手出して」
言われるままに左手を出すと、その指輪はセーラの左手の薬指にはめられた。
「・・・持ち金はたいて買ったんだから、大切にしろよ」
本当に信じられなくて、セーラはエルクを見つめた。
「本当に?本当に・・・私を、貰ってくれるの?エルク?」
エルクは、セーラが初めて見るような笑顔になった。
「・・・君が後悔しないのならね。」
花火が、一発、また一発と打ち上げられていく。
オスティアで最も腕のいい花火師の十八番、題して「祝福の花火」。
その名の通り、皆、祝福し、祝福され、幸せをかみしめながら、花火に見入った。
―――オスティアの夏祭りは、まだまだ終わりそうにない。
《END.》
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