「ようサレフ、久しぶりだな」
ジストは、久々に再会した友に歩み寄った。
「子供の顔を見に来たぞ。…聞いたぞ、姫さんにそっくりなんだって?」
「…お前の情報網は…本当にどこから…」
「ははは…まぁいいじゃないか」
ジストは陽気そうに笑った。相変わらずな友人をやれやれという風に見ていたサレフだったが、
やがてその表情が変化した。
「ん?どうした、サレフ」
友の表情に気付いたジストは、彼の視線を追って振り返り、自らも動きを止めた。
二人の視線の先には…中年の女性が歩いてくる所だった。印象的な長い赤髪と気の強そうなはっ
きりした顔立ち。ジャハナの女性に多く見られる特徴だ。
女性は二人の前まで来て足を止め、口を開いた。
「失礼だけど…サレフって賢者、知らないかしら」
目元がユアンに似ている。サレフは、脳裏をかすめた可能性を否定できないまま、一歩進み出
た。
「…私が、サレフだが…」
すると、女性は一言、挑戦するように言い放った。
「私は、ユアンの母親よ」
…やはりか。サレフは、自らの勘の鋭さを恨めしく思った。一方、ジストは目を見開いた。ユ
アンの母親だということは、テティスの母親でもあるということだ。
「ユアンは、あなたが弟子にとったと聞いたのだけど。
あ、あと姉のテティスもいるんでしょ?」
「…貴様っ!何を今更ぬけぬけと…!あいつらは、テティス達はなあっ…!」
あくまで他人事のように話す女性に、ジストはくってかかった。
「…止せ、ジスト。
…私の家はすぐそこだ。立ち話というわけにもいかぬだろう」
「…お前…」
ジストが声をかけると、歩き始めたサレフは振り返った。…普段は静かな物腰の男が、その目
に、ジストよりも強い怒りを宿していた。
先に家に入ったサレフは、椅子に座って赤ん坊をあやしていた妻に声をかけた。
「…ユアンの母親が来た。君は、子供を連れて書斎に行ってくれないか…
…少し、厄介なことになりそうだ」
事態を察したらしく、エイリークは赤ん坊を抱き上げて立ち上がった。
「…分かりました」
エイリークが隣室の書斎に入り戸を閉めたのを確認すると、サレフは女性とジストを家に招き
入れた。
女性は椅子を見るなり勝手に座り、足を組んだ。サレフがジストを見遣ると、彼は盛大に溜息をついていた。
「…で。何か用があって来たのだろう?」
「ええ。…私ね、再婚して、やっと金持ちになったの。だから、あの子達を引き取りに来たのよ」
女性は、あっけらかんと答えた。
「もちろん、これまでの世話分は払うわ。望む額はいくら…」
「ふざけるなっ!!」
声を荒げ、ジストはテーブルに拳を叩きつけた。その声に驚いたのか、隣室の書斎から赤ん坊
の泣き声が聞こえてきた。だがジストはそれを気にもとめず、まくし立てた。
「あいつらが今までどんな思いで生きてきたか…お前は知りもせず…!
縋るべき親に捨てられ、満足な食い物や服もなくて…それでも…
それでも、あいつらは生きるために必死だったんだよ!なぜだか解るか!?
…どんなに惨めでも、生きたかったからだ…いつかは、幸せになりたかったからだっ!!
なのにお前は、何も知らず…!?」
女性は、まるで汚い物でも見るように、ジストを見、サレフに向き直った。
「…やぁね、これだから傭兵って。すぐ熱くなって怒鳴って…ねぇ?
私はあなたに聞いているの。」
サレフは、なおもひるまない女性に食ってかかろうとするジストを制止し、静かな目で見た。
「…残念だが、私も彼と同じ考えだ。テティスとユアン…彼より付き合いはずっと浅いが、
彼ら姉弟の苦労は少なからず知っているつもりだ。
…それを、金で解決しようとは思わない」
サレフは、無邪気な弟子の笑顔と、時折見せる脆く幼い一面を思い浮かべた。親の顔を覚えて
いない少年は、生活力と知恵のある反面、自分を師匠として以上に…まるで父か兄の様に慕って
いる。ユアンは今は、姉と共に里の食事屋にいるはずだが…
「…驚いた!話のわかる賢者と聞いたから期待して来たのに。とんでもない堅物なのね!」
「……。」
「…あの子達は私が産んだのよ!どうして会わせてくれないの!?
…さっきの泣き声…あなたの子供でしょう?あなたも父親なら、解らない!?」
「…あなたは…確かに昔、彼らを手離さざるを得なかったかもしれない…だが…
今のあなたには、親としての誠意を感じ取れない。
私は今…父親として、私の子供を心から大切に思っている…」
呆れた、と声を上げ、女性は立ち上がった。乱暴に戸を開け、家の外へ出た。
「誰もあてにならないのね!じゃあいいわ、直接あの子達に私から――」
あの健気な姉弟に、こんな母親を会わせたくない―ジストは慌てて外に出、女性の前に立ちは
だかった。
「帰れ…もういいだろう、帰ってくれ。
あいつらは、今…やっと安らげる場所を見つけたんだ…」
サレフも、ジストの隣に立った。
「…お引き取り願いたい。少なくとも今は…彼らは幸せなんだ。
あなたが心から、彼らを愛せる日が来たら…」
「……。」
ふん、と女性は顔を背けた。そして何も言わず、二人の間を割って、歩み去って行った。
女性が去ったのを知り、エイリークは外に出た。そして、遠ざかっていく後ろ姿に向かい、ご
めんなさい…と呟いた。
「母親になって初めて解ったの…子供と別れるなんて、どんなに辛いことかって。
どんな母親だって…お腹を痛めて産んだ子を手放した時は、
たとえ一瞬だとしても、苦しかったはず…」
「姫さん…」
どんな母親であれ…か。苦い表情のジストに目を移し、サレフは呟いた。
「…私は、冷酷な答えしか突き付けられなかった。…エイリーク…
私を…嫌いになるか…?冷たい男だと…罵るか?」
サレフは、妻と子供をそっと見下ろした。
「サレフ…ジストさんも…自分を責めないで下さい。あなた方は悪くないわ…
…きっと、私があなた方だとしても、同じ選択をしていたと思います…」
母親としての気持ちはよく解る。会わせてやりたかった。だが… 口をつぐんだ妻の後に、サ
レフは続けた。
「…私はただ、壊したくなかった…
健気に生き、やっと安息を見出だした彼らの笑顔を…」
血を分けた母と子が再会できないなんて、間違っている。けれども…今は…彼らの笑顔が輝い
ている今だけは……
「でも、いつか…いつか…本当の親子として、向き合える日が来ますよね…
私は、そう信じています」
「…ああ。その時には…私も、力になりたいと思う。……なあ、ジスト」
「…そうだな… きっと、いつかは。」
[END.]
☆ 暗い上に知ったかぶりな話ですみません・・・(平謝り)
ただ、自分の子供を捨てるってことは、自らが冷酷にならなければできないことだなぁと。
テティスとユアンの母親も、本当は子供を愛していると思うんです。
貧しくて食べれなくて、自らと切り離すことになってしまったけれど、本当は一緒にいたかった…と。
タイトル通り、「いつか」きっと、母と子が再会できる日が来るといいなぁ・・・と思います。
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