FIND THE WAY



 華々しい芸術文化を誇るエトルリア王国。街並みや城の外観も洗練されていて、美しく上品という形容詞そのままの土地である。 しかし、貧しい地域は目も当てられない状態だ。農村・・・特に山間部に暮らす村人達は、渇きがちな耕地のために毎日の食にも事欠く有様であった。 毎日のように栄養失調で倒れる者が出、餓死することもまれではない。



 山間部に建てられた、小屋とも見える小さな家。
 土で塗り固められた壁は手入れが行き届いていなくひび割れていて、床に転がる食器も使われることが無いらしく欠けて変色していた。 窓と思しき穴には、蜘蛛の巣が張られていた。
 部屋の隅には、布で包まれた長いものが置かれていた。僅かしかない食料をすべて我が子に与え、餓死した父親の遺体であった。 そして父親の遺体から少し距離をおいて、まだ生きている母親も横たわっていた。やはり自分は食わずに我が子に食わせ、栄養失調で倒れたのであった。
 少年は母親の傍に座り、深い紫の光をたたえた目で母親をじっと見つめた。目と同じ色をしたくせっ毛が、窓から入る風を受けて少年の肩で揺れた。
 母親は悲しそうな表情で少年を見、やせ細った手で一冊の本を差し出した。
「・・・母さんの・・・形見と、思ってね・・・。」
 少年はただ頷いて、本を受け取ってしっかり抱きしめた。
「お前は・・・生きなさい。私達の分も・・・生きて・・・。
 生きてさえいれば、きっと・・・いつか・・・幸せに・・・・・・」
「・・・か・・・あ・・・さん」
 少年は、消え入る母親の声を聞き取ろうと、身を屈めた。母親は、最後の力で、少年の頬を優しく撫でた。
「・・・いい子ね・・・大好きよ、エルク・・・ ・・・私の、たった一人の息子・・・ ・・・」
 少年の表情が歪んだ。泣くものかと、唇をかんだ。
 母親の手が、床に落ちた。


 エルクは、夜の山道を歩いていた。
 夜になり吹雪が激しくなって、何度となく積もる雪に埋もれかけた。その度に、母の言葉に救われた。
 どこまで進んだか分からなかった。ただ、生きるんだという信念が、エルクを歩かせていた。
 しかし、しばらくまともな食事も取っていない12歳の少年には過酷な道であった。簡素なブーツは水を含んで重くなり、足取りを狂わせた。 吹雪にあおられ、エルクは雪原に倒れ込んだ。
 雪は体重を受けて沈んでいった。ザクザクと崩れる音が耳元で聞こえた。足も、本を抱えた手も、動かなかった。
「生き・・・るんだ。生きるんだ・・・僕は・・・」
 声になったかどうか分からなくて、何度も何度も、エルクは口を動かした。
「・・・み・・・。 き・・・み・・・ ・・・君!」
「・・・え?」
 自分と違う声が聞こえた気がして、エルクは思わず聞き返した。
 同時に、力強く暖かい感触が、自分を持ち上げるのを感じた。
「良かった・・・生きていて。」
 冬用の上質なローブを纏った男性は、安心したように笑いかけ、エルクを抱き上げた。その軽さに男性は驚いた。
「迷ったのかい?お父さんやお母さんは・・・」
 エルクは首を横に振った。ずっと本を抱えていた手が、痺れ始めていた。
「・・・自分の食べるものも・・・全部・・・僕にくれて・・・ ・・・二人とも・・・」
 そこまでしか言えなかった。また、エルクは唇をかんだ。
 男性は息をのんだ。貴族である自分には、餓死など考えられないことであった。彼は、しばらく言葉を探していたが、少年が大事そうに抱えていた本が目についた。 魔道の権威である男性は、その本をすぐに「雷精の書」と認識した。
「・・・君、理魔法が使えるのかい?」
 一瞬びっくりしたようだったが、エルクは頷いた。
「・・・両親が、教えてくれて・・・ ・・・少しなら、使えます」
「そうか・・・」
 男性はそう言うと、何か思いついたように笑顔に戻った。
「なら、私の家に、私の弟子として来ないか?妻もきっと喜ぶ」
「え・・・」
 突然の男性の提案に、エルクは大きい目をもっと大きくした。
「それに・・・私の友人の面影があるような気がするせいかな・・・、
 君はいい魔道士になれると思うよ。賢そうだしね」
 褒められて、エルクはぎこちなくだが笑った。
「そうだ、名前を言ってなかったね。私はパント。・・・君は?」
「・・・エルク。エルクといいます」


「さあ、着いたぞ。ここが私の家だ」
 パントに抱えられたエルクは、そう言われて、目の前に城があることに気付いた。雪の中で、豪華なつくりの窓からもれた光がぼうっと見えた。 エルクは、昔母親に何度も聞かせられたおとぎ話の中の魔法の城を思い出して、びっくりしたような、懐かしいような不思議な気持ちで城を見上げた。
 そんなエルクを知ってか知らずか、パントは平然と白く彩られた広い庭を横切り、戸口を叩いた。
「ルイーズ。私だ。今帰ったよ」
 パントが言うと、向こうから鍵の音がし、豪華な装飾がついた戸が開かれた。
「お帰りなさいませ。寒かったでしょう、パント様?」
 出てきたのは、金髪を胸のあたりまで伸ばした美しい女性であった。女性はにっこり笑うと、上質の毛布を差し出した。
「今夜は特に冷えると聞きましたの。風邪でも引かれたら大変ですわ・・・あら?」
 ルイーズと呼ばれた女性は、パントが抱えていた少年に気が付いた。ルイーズは少年をじっと見つめ、にこっと笑いかけた。 パントはそれを見、そっとエルクを下ろし、立たせた。
「そうだ、紹介するのが遅れたね。この子はエルク。今日から、私の弟子だ」
「まあ・・・」
 そう言うと、驚きもせず、ルイーズはエルクの肩に毛布をかけた。
「寒かったでしょう?よく来てくれたわね、エルク。
 私は、ルイーズよ。これから、よろしくね」

 暖炉の前で、エルクは毛布に包まって壁に背をもたせ、膝を抱いて静かに眠っていた。その隣では、パントとルイーズが彼をじっと見守っていた。
「・・・かあさん・・・ ・・・とうさん・・・」
 暖まったおかげで色を取り戻した唇が、微かに動いた。
「・・・夢を・・・見ているのか・・・」
 パントが悲しげに呟いた。その横でルイーズは、エルクが可哀想に思えてならなくて、大事そうに彼の小さな体を抱きしめた。
「辛かったのね・・・でも、今日からあなたは私達の大事な家族・・・
 もう、大丈夫よ、エルク。」


 鳥のさえずりで、目を覚ました。
 暖炉の傍で眠ってしまったのに、起きてみるとベッドの上だった。枕に毛布、シーツ、白くてやわらかくて暖かくて、とても心地が良かった。 天国にいるのかと錯覚したくらいだ。もう少しこうしていたい・・・そう思ってエルクが枕に顔を埋めた時、部屋のドアが開いた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
 入ってきたのは、パントだった。
「疲れているようだから、もう少し休むといい。
 それと、食事は部屋に運ばせておくから、お腹の空いた時に食べなさい」
「で、でもパント様・・・」
 慌てて起き上がろうとするエルクを、パントは寝かしつけた。
「素直に師匠の言うことは聞いておくものだぞ。」
 パントは嬉しそうにそう言うと、部屋を出て行った。
「あ、パント様! ・・・・・・」
 しばらく、エルクはパントが閉じたドアを見つめていた。
「僕は、何も出来ないのに・・・ ・・・でも、何か、しないと・・・」


「・・・やっぱりすごいなあ・・・パント様は。難しそうな本を・・・こんなに・・・」
 エルクは、書斎の高い高い本棚を見上げた。こっそり書斎に忍び込むのは何回目のことだろうか。エルクに当てられた部屋から書斎まではそう遠くは無かったが、 体力が充分に回復していない彼には少々きつい運動であった。しかし、早く一人前の魔道士になってパントの役に立つという目標を立てたからには、 辛いだの疲れるだの言っていられないと、朝から晩まで食事も疎かに学術書を読み耽った。
 結果、当然のように、エルクは倒れた。掃除に来た侍女が発見して、結構な大騒ぎとなった。

「・・・まったく・・・エルク・・・」
 エルクが部屋のベッドで目を覚ますと、パントとルイーズが困ったように彼の顔を覗き込んだ。
「パ、パント様!ルイーズ様も・・・」
 周りを見回したエルクは、ここが自分に当てられた部屋だとようやく気付いて、慌てた。
「雷精が散々警告してたのに、気付かなかったのかい?」
 パントは、エルクの「雷精の書」を取りポンポンと叩いた。
「雷精が・・・?」
「そうだよ。これ以上無理するな、って言っていたそうだよ。なのに君ときたら・・・
 この子達はね、倒れた君の周りに心配そうに集まっていたんだよ。」
「・・・・・・。」
 黙りこんだエルクに、今度はルイーズが話し掛けた。
「私には魔法のことは良く分からないわ・・・でもね、エルク。
 私達も、その雷清達と同じように、あなたのことが心配なのよ」
 しなやかで細い指が、エルクの頬を撫でた。エルクは、元気な頃の母親の手を思い出した。
「私達はもう、あなたの家族なのよ。いっぱい甘えて欲しいし、我侭だって沢山言っていいのよ。
 他人なんかじゃ、ないんだから。」
「そうだぞ、エルク。ルイーズの言う通りだ。
 ・・・それと、私は君の師匠なんだから、"先生"とでも呼んで欲しいな。」
「・・・・・・。」
「な?」
 パントとルイーズは優しく笑いかけた。
 エルクの強張った表情が緩んで、濃紫の目が潤んだ。両親を失ってからずっと堪えていた涙が、ひとつふたつ、こぼれ落ちた。
「・・・パント・・・先生・・・ルイーズ様っ・・・」
 小さく震えるエルクの肩に手を置こうとしたルイーズにも、パントが笑いかけた。
「ずるいぞ、ルイーズばっかり。今度は私の番だ」
「まあ、パント様ったら・・・」
 ルイーズがくすりと笑うその横でパントは、すっかり父親になった気分の自分に苦笑しながら、優しくエルクを抱きしめた。



 エルクが食事をきちんと食べるようになった数日後、パントは彼を散歩に連れ出した。
「本を読んで勉強するのも大切だけど、外に出て自然と触れ合い、精霊と話すことも大切なんだよ」
 雪はすっかり溶けていて、木々や草が元気に空に顔を向けている。
 荒れた農村では見ることの出来なかった光景に、エルクは好奇心をそそられた。大木に走り寄って、耳を当て、その鼓動を聞いた。
 すると、風も無いのに、エルクの髪がふわふわと揺れた。
 不思議そうに自分の髪を見るエルクに、パントは"風の精霊(こ)達だよ"と教えた。
「声をかけてごらん」
 エルクはパントの方を見ていたが、やがて精霊に声をかけた。
「・・・こんにちは」
 精霊が嬉しそうに、今度は頬を撫でた――ように、エルクは感じた。
 "こんにちは"
 心地よい風だった。まだぎこちなかったが、エルクは安心したような笑みを浮かべた。
 そうしてしばらく、二人は精霊と話をしていたが、城の方から鐘の音が聞こえると、パントはくるりと踵を返した。
「忘れてた・・・もう昼食の時間だ」
 そう言うと、パントは楽しそうに走り出した。
「さ、昼食だ!家まで競走しよう、エルク!」
「え、あ!待って下さいよ、パント先生!!」
 エルクは精霊に"また後でね"と告げると、踵を返して師匠の後を追った。
 明るい緑の上を、二つの影がはねてゆく。

 自分の道の先に光を見つけたのだろうか、少年魔道士の心は明るくはずんでいた。



《END.》




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いや・・・お目汚しでした。
でも、エルクがパント様に拾われる辺りの話が書いてみたかったんです〜。
えと、パントがエルクに「君は友人の面影がある」とか言った意味ありげな箇所があったと思うんですけど、 私があたためている設定です。
いつか、小説等で明らかにしたいと思います〜。
ここまで読んで下さってありがとうございましたv

〜余談〜
お分かりの方もいらっしゃると思いますが、タイトルは中島美嘉さんの曲からいただきました。
SEEDのアスランに似ているせいか、この曲がエルクのイメージと被ってしまって・・・
いい曲ですよv知らない方は一度聴いてみて下さい。


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